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『天気の子』新海誠監督が明かす“賛否両論”映画を作ったワケ、“セカイ系”と言われることへの答え

2019年08月10日(土)配信

社会現象を巻き起こした『君の名は。』(06)から3年ぶりとなる新海誠監督の最新作『天気の子』(公開中)が、観客動員440万人、興行収入60億円を突破する大ヒットを記録している。公開前に実施された製作報告会見で新海監督は「意見がわかれる映画になると思う」と語っていたが、いまその言葉通り、鑑賞後の人々の間で様々な意見が交わされている。超特大ヒットを果たした『君の名は。』の次に賛否両論の映画を世に送りだす覚悟を決めたのは、一体、どんな理由だったのか。また新海監督がネット上で多く見られる「『天気の子』はセカイ系」との意見について、どう感じているのか。胸の内を明かしてもらった。※以下の記事は『天気の子』の物語の核心に触れる内容を含みます。鑑賞前の方はご注意ください。天気の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女が自らの生き方を選択していく姿を描く本作。東京にやって来た家出少年の帆高が出会った、不思議な力を持った少女、陽菜。2人の美しくもせつない恋物語を、圧倒的な風景描写と共につづる。■ 「この映画について『許せない』と感じる人もいると思いました」『君の名は。』に続いて本作でも音楽を担当し、いまや新海監督とは“盟友”となったRADWIMPSの野田洋次郎は、『天気の子』の脚本を読んだ感想としてこんな言葉を口にしていた。「もうちょっとわかりやすくマスに向けた物語を描かれるのかと思ったら、すごく攻めていて新海節を発揮していた。賛否を巻き起こすだろうなというのが見えた。余計に僕は新海監督が好きになった」。一体、なぜ賛否両論の映画を作るに思い至ったのか。新海監督は「この映画について『許せない』と感じる人もいるだろうと思いました。現実の世界に適用すると、主人公の帆高は社会の規範から外れてしまうわけです。弁護士の先生にもお話を聞いたんですが、法律で考えても、結構な重罪で…。帆高が空の上で叫ぶセリフも許せないし、感情移入できないという人もたくさんいると思います」と批判的な意見にも心を寄せ、「いまの社会って、正しくないことを主張しづらいですよね。帆高の叫ぶ言葉は、政治家が言ったり、SNSに書いたりしたとしたら、叩かれたり、炎上するようなことかもしれない。でもエンタテインメントだったら叫べるわけです。僕はそういうことがやりたかった」と語る。さらに「『君の名は。』が公開された後にも、想像していなかったような批判やご意見をいろいろといただきました。でも誰かを怒らせてしまうような映画というのは、やはりどこか人の心を動かせる力のある映画だと思います。僕はそういった意見がとても大事だと思っていて。様々な声を聞くことが、怖くもあり、楽しみ」と期待を寄せる新海監督。“正しさを提示する映画”ではなく、「決して賛同はできないという人も、なぜか泣いてしまったという映画になればうれしいなと思いました。この映画は嫌いだという人も、決して損はしなかったと思えるもの。そこまで持っていける映画にしなければいけないと思いましたし、そのためには、なにを注げばいいのかとずっと考えていました」と“人の心を動かす映画”を目指したという。大規模公開の作品だけに様々なタイアップ企画も展開されているが、賛否両論の映画を作るうえで、反対意見は上がらなかったのだろうか。新海監督は「意外かもしれませんが、皆さん好きで、この作品に乗ってくださっているんです」とニッコリ。「『公序良俗に反するものはできません』ということはなくて、『一緒にやりたいです』という意見が一致した方々。クライマックスがどうなるかもわかっていて、ご一緒してくださっている。『プロデューサーの都合でこうなった』『映画会社の都合でこうなった』なんて、業界の都市伝説としてはよく聞くんですが(笑)、少なくとも僕たちのチームはそういうことはなくて。『おもしろいものにしましょう』ということがすべての行動原理になっていたので、気遣いすることも特になかったです」。■ 「セカイ系を作っているという意識は、昔からなかった」「映画を通して、様々な対話が生まれることが楽しい」という新海監督は、「SNSなどですごくおもしろい広がり方をしてくれているのを、うれしく見ています」とエゴサーチもしているとか。「『ゼロ年代の美少女ゲームのようだ』とも言われていますね。僕も美少女ゲームに関わっていたことがありますから、彼らの分析もわかる気がするんです。選択の分岐があって、夏美ルート、陽菜ルート、これはトゥルーエンドだなんていろいろと言われていて(笑)。『すごくおもしろい』と共感しながら見ています」と微笑みつつ、「僕自身は、美少女ゲーム的な文脈を作ろうとか、セカイ系をどうアップデートしようかなど、そういったことは考えていませんでした」と話す。新海監督から「セカイ系」という言葉が出たように、ネットを中心に「『天気の子』はセカイ系」という意見も多く見受けられる。新海監督は「『セカイ系を作っている』という意識は、昔から特になかったんです。いま一番気になっているテーマや、みんなが共有していると思うような気持ちを描いたことが、結果的にそう言われている」と告白。「2000年代初頭、セカイ系とは『社会をすっ飛ばして、個人と個人の間で、世界の運命を変えてしまうもの』と批判の意味も含めて、そんな言われた方をしていました。でもなぜ社会がないのかと考えると、時代として“社会の存在感が薄かった”ということがあったと思うんです。リーマンショックの前だし、3.11の前だし、なんとなく終わりなき日常が続いていくんだろうという空気があった。だからこそ、漫画にしても映画にしても、作り手が本能的に、社会の見え方が薄い作品をつくっていたんだと思います」。一方『天気の子』については、「僕は、本作を“帆高と社会の対立”の映画だと思っていて。個人の願いと、最大多数の幸福のぶつかり合いの話だと思うので、そこに社会は存在している。帆高は大人の社会で働こうともするし、警察も出てくるわけです」と社会と関わっていく物語だと話す。「僕がつくるものがどうしてそうなったかというと、かつてのように、無条件に社会がそのまま存在し続けるとは思えなくなってきているから。そういった感覚があるからこそ、アニメーションの中にも社会を描くことが、どうしても必要になってきているのではないかと思っています」。■ 「いま自分が描きたいものは、これだと感じた」「本作の最後の展開には、僕の作家性が出ているとも言われていますが、僕はただおもしろいものをつくりたいと思っているだけ。結果的ににじみでてしまったということだと思います。『自分らしくあろう』と思ったわけでもなく、いま自分の描きたいものはこれだと感じて、いまならばそれをエンタメとして形にできるという自信もあった」と穏やかで優しい笑顔のなかに、ものづくりへの情熱をみなぎらせる。インタビューから浮かび上がるのは、おもしろいと思うもの、やりたいことに、まっすぐにぶつかろうとする誠実な姿勢。ひたむきさは、いつの時代も人々を魅了する。憧れに手を伸ばし、必死で走りだす本作の帆高の姿と共に、新海監督の熱い想いにぜひ触れてほしい。

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